2015年5月17日日曜日

幸せの形

今月半ばころからホトトギスが啼きだしました。

きょっきょっきょきょきょきょ♪

その合間に鶯が、ほーほけきょっ♪

山ではコジュケイが、ちょっとこーい、ちょっとこーい♪

ほかにも山鳩、スズメ、カラス、ヒヨドリ、ツバメなどなど。

空が明るくなるころから日没まで、
それはそれは賑やかといおうかやかましいといおうか。(笑)



「東京ではカラスばかりで、スズメの声もしないわよ」と知人から聞いたことがあります。

数年前の五月、姪の結婚式に呼ばれ、
新宿の京王プラザホテルに宿泊したとき、
朝、たしかにカラスの声しか耳にしませんでした。

立ち並ぶビルの間から見える朝陽は、
私が毎日見ているものと同じはずなのですが、
なんだか違う光に感じてなりませんでした。


「鳥がいない、緑がないビルの森は、
人間しか住めない場所。

たしかに街路樹はある。
時折カラス以外の鳥もいる。

でも、
都会は自然があることが不自然な場所。

便利だけれど、
今の私には合わない場所。」


東京に生まれ育ったのに、
もう東京には住めないなぁと思いました。



前述したとおり、
毎日自然界はかまびすしいものですが、
それを五感で確かに感じとっていることが、
もう私にとって「自然」になっているのです。


お金持ちで、
好きなものをなんでも買えて、
豪邸に住んでいて、
豪勢なものを食べて、
高級な車に乗って、
ブランド品を身に着けて、
大都会に住んで。

でも私の幸せはそこには微塵もありません。


お金がなくても、
近所の農家のおばちゃんからもらった野菜を食べて、
おんぼろ自転車に乗って、
ほとんど毎日のように作業服を着て、
自然の中で過ごす。
空の色。
雲の形。
山々の移ろい。

そんな中に私のささやかな幸せがたくさんあります。


「幸せの形」は人それぞれ。

みなさんの「幸せ」はどんな形なのでしょうね。



今日は夕焼けに美しく染まるシラサギを見かけました。

心に深くしみいるような光景を
私は一生忘れることはないでしょう。






























2015年4月20日月曜日

歴史の「いのち」

ここのところ雨が多いですね。

今夜はこれから雨風が強まるみたいです。
暖かくなったのはよいのですが、
なかなか私たち人間の願うようには参りません。

「お日様が出てきたら、またおもいっきりお洗濯しよう」

こんなささやかな楽しみを持ちながら、
からっとしたお天気を待ち望んでいます。



だいぶ前に買ったのですが、
「歴史の『いのち』」(モラロジー研究所・占部賢志著)という本を引っ張り出して読んでいます。


占部氏は岡潔氏と小林秀雄氏を尊敬していたそうです。
大学一年の時、たまたま岡氏の講演を聴く機会があり、
その時に「人間にとって最も大切な感情は『懐旧の情』である」と岡氏は説かれたそうです。
占部氏は親の仕事の関係で小中学生の頃は毎年のように転校を余儀なくされていたので「自分には故郷がない。懐旧の情を育てるはずの故郷を持たない僕はどうしたらいいのですか」と岡氏に質問をしたところ、
「そんなことはない。君には日本の歴史があるじゃないか。
日本の古典を読みなさい。懐かしさというものがどういうものかきっとわかります」と応じられたそうです。


また大学三年の時、小林秀雄氏の講演を聴くことができたそうです。
アルバイトをして得たお金をつぎ込んで「小林秀雄全集」を買い、愛読していた占部氏は、どうしても「小林先生に会いたい」と、どうにか宿泊先のホテル名を講演会の主催側から聞いて待ち伏せしました。

「非礼を承知の上でどうしても質問したいことがあってお待ちしていました」
と切り出したところ、小林氏は「いいえ、構いません。何でしょうか」と受けてくださったのです。

そこで「先生は、歴史を知るとは自己を知ることだとおっしゃっていますが、どうして自己を知ることになるんでしょうか」と質問をしました。

小林氏は「君は歴史が自分の外側にあると考えますか」と逆に聞かれました。
答えに窮していると小林氏は占部氏の両腕をとられ、

「君のこの身体は誰が生んでくれたものですか。君のおっかさんだろう。
君のおっかさんのことを考えてみたまえ。
おっかさんのすべては君の身体の内に流れているんだぞ。そうだろう。そうすると君がおっかさんを大切にするってことは、君自身を大切にするってことになるじゃないか」

小林氏はぐっと歩み寄り、
「君のこの肩には、おっかさんのすべてのものがかかっているんだ。
つまり歴史を考えるとは、君のおっかさんのことを考えることだぞ。
もっと昔のことを考えてごらん。千年前のことだって同じだ。
君のこの肩には日本の千年の重みがかかっているんだよ。

いいかい、君の身体には、祖先の血が流れているんだよ。
それが歴史というものなんだ」


この本の「はじめに」の部分に書かれていたものですが、
このお話だけで「この本を買った甲斐があった」と思うほどです。


現代の歴史教育は「自分の外側の歴史」なのだと思いました。
 
ー私達の身体には祖先の血が流れているー
それを教えるのがまことの歴史教育というものなのですね。


 
今読んでいる本です。
「日本人になりたい人」はどうぞご一読を。
















2015年4月16日木曜日

薪伐り

今日はとっても久方ぶりにお日様登場!(^^)!

そしてとても暖かく、
お掃除やお洗濯を徹底的にしたくなるようなさわやかな日でした。

でも今日は当初から「薪伐り」が予定されていたので、
お掃除は断念"(-""-)"

なんとかシーツやタオルケットなどの大物の洗濯だけは終わらせて、
しっかり干せました(^^)/

今夜はよーく寝られそうです(#^.^#)


朝、さっそくチェーンソーやらオイルやら延長コードやらを出してきて薪伐りの用意。

「チェーンソーを誰が使うのか」って?

もちろん「ワタクシ」です(^◇^)


「そそっかしいのに大丈夫なのか」ですって?

犬小屋を覗くときに、
かかんだ瞬間、そばにあったベニヤ板の角っこでおでこをしたたかにぶつけたのは~たしか昨日のこと"(-""-)"・・・かなり痛かったマダハレテルシ

今日は今日とて、
角材を移動しようとしたときに、
右足の甲にガンっとやりましたっけ・・・カナリイタカッタ

そんな「ワタクシ」でも~大きな怪我はまだ一度もありません。

機械を使うとき、
いつもおっかなびっくり、
ビクビクしながら使用しているのがよいのでしょうか(^-^;


びびりながらチェーンソーを使った一日は、一応無事に過ぎました。

左手のひらにはかわいいマメがみっつほど。
人差し指の第二関節にもマメができていましたが、
いつしかつぶれていました(^-^;


手のひらをみつめつつ、

今日も一日ご苦労様♪と声をかけると、

また明日も頑張るよ♪といっているような気がしました。(*^-^*)




2015年4月7日火曜日

後ろ姿

東京ではもう葉桜のところが多いそうですが、
こちらはちょうど見ごろ。
 
お天気があまりよくありませんが、
どんなお天気でも、桜は美しいものです。
 

 
 
 
昨日の日曜日も雨降りでしたが、
明日はお釈迦様の御生誕の日なので、
檀家さんたちがお堂のお掃除に来て下さいました。
 
掃除も終わり、
みんなで談笑していた時に、
姿勢のお話になりました。
 
体の歪みから体調を崩すということは皆さん、結構ご存じですが、
実際、自分の姿勢についてはなかなか治らないもの。
 
私が行っている整体の先生も姿勢について、
よくお話をして下さっています。
 
 
「背筋を伸ばして胸を張る。それによって肺の動きもよくなり呼吸も楽になる」
 
 
そんな話を檀家さんたちとしていた時、
あるご夫婦が、
 
夫「過去を背負っていると背中が丸くなる」
妻「過去のことは水に流して胸を張りましょう」
 
そう言いながら二人して胸を張るポーズをとっていました。
 
全員大爆笑。
 
二人ともとてもまじめで、
とくに咎められる過去などない方たちですから余計に。
 
 
後姿は自分で見ることはできません。
背中を丸めて歩いていれば、
日頃からの疲れが出ているように思われます。
 
背筋の伸びている人は、
それだけでも颯爽として見えます。
 
 
そういえば安岡正篤氏の言葉に、
 
「後ろ姿がしょんぼりしているのは、不徳であることを示しているのだ。怒り肩がいいのかと言うと、これもよろしくない。後光が差すというか、徳のある人は後ろ姿が凛々しく、元気であふれているのである」
 
とあります。
 
 
後光は、
頭が光っているだけで出ものではありません。(笑)
 
徳はなかなか積めません、
だからこそ、せめて姿勢だけでも凛々しく見えるようにしたいなと思っています。
 
 


2015年3月24日火曜日

昨日ツバメを見かけました。

聞き覚えのある鳴き方に、

「あれ?」と空を見上げたら、
数羽のツバメが風を切って飛んでいました。

私は「おかえり~」と軽く手を振り。

・・・動物でもなんでも、つい声をかけるくせが・・・(笑)



前回書いた整体の先生のリビング(兼待合室)には、
常に数冊の本が置いてあります。

整体について、呼吸法についてなどなど。

私も待っている間にその中から一冊の本を手にしました。

「安岡正篤 一日一言」(致知出版社)という本。

致知出版社はだいぶ前にほんの少しだけお世話になったことがあり、
「あら、懐かしい」と思ってページを開きますと・・・


《読書して疲れるようではまだ本当ではない。疲れた時読書して救われるようにならねばならぬ》

「うっ・・・💦 」

・・・近頃、少し本開くとすぐ寝ちゃうしなぁ・・・


《ー読んでみてから、いい本だなと思うようでは、そもそも話ならない。感が鈍い》

「うっ・・・💦」

・・・私はいつも感が鈍い状態だなぁ・・・


読んでいた私を見ていた人はきっと、
だんだん「姿勢」がよくなっていくのがよくわかったと思います。(笑)
まるで「あんた、このままじゃだめだろう」と叱られているような気がしたのです。


「パソコンにはいろいろな情報があるけれど、
それはただ『見出し』を見ているようなもの。
少しも自分のものにはならない。
本は読むべきだ」

というようなことを藤原正彦氏がどこかで書かれていたように記憶しています。


老眼鏡にお世話になりながら、
先師先達の方々に本の中でたくさん叱られながら、
いろいろなものが磨けるように本を読んでいきたいと思います。






2015年3月7日土曜日

長年のお付き合い~亜脱臼

満開の梅の花が、
冷たい風に吹かれていかにも寒そうです。

少しずつ散り始めてきましたが、
今度は桜の枝に小さくて固いつぼみが見られるようになりました。

自然界はたしかに「春」を感じて動いています。

梅の花に教えられ、
ウグイスに教えられ、
桜のつぼみに教えられ、
空や雲、そして風に教えられながら、
私達人間も「春」を感じて動けるようになるものなのです。



小学四年生のある日、
私は一人で埼玉県志木市にある伯母の家に遊びにいきました。
駅からバスに乗り、
降車したら2.3分で伯母の家に着きます。

バスを降り、道路を横断しようと走った時、
バスの陰で見えていなかった対向車とぶつかってしまいました。

左側の臀部をしたたかにぶつけ、
いきおいで転がってしまった私を
車から降りてきたおじさんは青い顔をして「大丈夫か?」と聞いてきました。

おじさんもびっくりしたことでしょう。
いきなり目の前に子供が飛び出してきたのですから。

いつも学校で「道路を渡る時は車が来ていないか確認してから渡りなさい」と教わっていたのに、
確認せず渡ってしまった自分が悪いと思ったので、

「大丈夫です」といってそのまま行こうとしました。

おじさんは「いや、病院に行こう」と言って下さいましたが、
知らないおじさんの車に乗ることも怖くて・・・。

「大丈夫です」と言いながら、
逃げるようにして伯母の家まで走っていきました。


伯母にぶつかったところを見てもらったら、
みごとな青あざが左の臀部一面に広がっていました。


でもそれが後々に引きずるようになるとは、
その時は知る由もなかったことです。


左足が少し内側になっていることに気が付いたのは大人になってから。(^-^;

一度股関節炎になり、9度以上の熱を出して病院に行ったことがあります。
その時、レントゲンを撮った時に、
左足の股関節が亜脱臼していたことが分かりました。


足も手も目までも、左側全体が弱くなっているのに気付いたのは、
つい最近のこと。(^-^;

もう治るものではないから、
一生のおつきあいだなぁと思っていました。


ある日、
「川崎にいい整体の先生がいらっゃるから言ってくるといいよ」と教えられ、連れて行ってもらうことにしました。

私の体を見て、
「左側全体の力がだいぶ弱いねぇ」といいながら施術し、
左足強化の体操を教えて下さいました。
右側とのバランスをよくするためです。

そんなに大変な体操ではなく、
毎日続けていくうちに「歩き方が全然違う」と寺院の方々から口をそろえていうようになりました。


何十年も亜脱臼したままの左足。

右側の足や腰は、
それを補うためにだいぶ頑張ってくれていたようです。

右側さんをねぎらうためにも、
左側さんの強化に励みたいと思います。(笑)



















2015年3月1日日曜日

春ひたひたと

温かくなったり、また寒が戻ったり。

その繰り返しをしてだんだんと「春」に近づいてくるのですね。

今年はなかなか「春告げ鳥」の声がせず、
まだかまだかと思っていましたが、
おとといの朝、
ようやく「・・・けっきょ・・・。けっけっ・・・けっきょ」
と、聞こえてきました。

一年近くも鳴いていなかったのですから、
上手に鳴けるまではもう少し時間がかかりそうですが、
ともあれ「春だよー」と告げてくれました。


人間も自然界の一部ですので、
やはり季節の変わり目には「体調の変化」があるようです。
ある整体の先生曰く、
季節の変わり目に体調を崩すのはごく自然のこととか。

風邪を引いたり、お腹をこわしたり。


私も十日ほど前に嘔吐・下痢・発熱の三拍子がそろい、
「春」の体になりつつあるかな。(笑)


 
 
このところの暖かさでどんどん梅の花がほころびました。
 
 
 
 

 
「子供が壊しそうで・・・。ここで飾っていいですか」
 
と、ある檀家さんが持ちこまれたひな人形。
 
 
寺院の子供達はみな「おのこ」ばかりなので、
初のひな飾りとなりました。(笑)
 
私の家も、女三人いたにもかかわらずおひな様はなかったので、
こうして飾られたおひな様を見るのはとっても嬉しいことでした。(*^-^*)
 
 
あちらこちらに「春」が来ています。(^^)/