今日も雨。
そして非常に涼しい日が続いています。
長袖を羽織らないと肌寒いほどです。
でも来週はまた夏が戻ってくるとか。
涼しい日に慣れてしまうと、
30℃超えはかなりきつく感じてしまうことでしょう。
みなさまも寒暖差から体調を崩さないよう、
お気をつけて過ごして下さいね。
先日、寺院で檀家さん対象の、
毎年恒例「夏期講習会」が行われました。
もう41回目を数えます。
8月11日から14日まで、
仏教のほか、さまざまなお話をしたり聞いたりして学びます。
ずっとお勉強ばかりでもなく、
みんなで車に乗り合わせて博物館へ行ったり、
ほかの寺院の見学に行ったり。
あとは映画を観たりもします。
「氷雪の門」(樺太真岡の9人の乙女たちの話)
「プライド」(東条英機)
「海難」(トルコとの合作。エルトゥールル号の話)
など、今まで観ました。
今年は何にしようかとみんなで考えました。
最初は「杉原千畝」にしようかという話だったのですが、
いろいろと調べていくうちに観たくなった映画が出てきました。
「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」という映画です。
サイパン島でたった47人で民間人を護りつつ、
数万のアメリカ兵を翻弄した「大場栄大尉」の話だということでした。
そして最後、どうにもならなくなった時、
玉砕する隊が多かったなか、
大場大尉はみんなを引き連れて投降しました。
その時、ずっとゲリラ戦だったためボロボロの隊服を着たままでしたが、
投降した時のこぎれいな身なり。
一糸乱れぬ隊列。
そしてアメリカ将校に自分の刀を渡す時の儀礼。
最後まできちんとした日本兵たちの姿に、
「こんな民族と自分たちは戦っていたのか」という気持ちが湧き上がっていたのではなかったでしょうか。
あらすじを見て観たくなった映画でしたが、
内容的には、少し物足りなさが・・・。
ただ、映画の内容とは別に、私は不思議な感覚にとらわれました。
私は小さい頃、
なぜかよく戦争の夢を見ました。
その夢の中の情景と今回の映画の一部の場面が重なっていたのです。
映画の中で日本人が収容されていた建物の周りには鉄線がはりめぐらされていました。
私は今まで「せいぜい2メーターくらいの鉄線の塀」だと考えていましたが、
2メーターどころの話ではなく、その倍以上はあろうかと思うような高い高い鉄線の塀。
それは夢の中に出てきたものとそっくりでした。
私はとても高い鉄線の塀の近くをなぜか地面に這いつくばりながら進んでいます。
塀の向こう側には私と同じように這いつくばりながら進んでいる沢山の女性、子供、老人の姿。
「なんで私はこっちに一人なんだろう」と思いながら、
みんな同じ方向に向かっていきます。
夜なのにみんなの顔が分かるくらい、進む方向の空が真っ赤なのです。
私達の進む先では爆弾が破裂し、建物や木々が焼けているようでした。
映画に話しを戻します。
砂浜に両国の兵隊の沢山の死骸が横たわっていました。
その場面も夢に出てきました。
夢の中で私は一人で小高い丘の上にいて、
真っ青な海と真っ白な砂浜を見下ろしています。
そこには海に足を向けて綺麗に2列に並んで横たわっているたくさんの兵隊さんたちの死体。
それが砂浜に延々と続いているのです。
つぎの瞬間、
私は砂浜を歩いていました。
悲しいとも辛いとも、
怖いとも気持ち悪いとも思うことなく、
美しい砂浜に綺麗に並んだ死体の間を通って、
どこまでもどこまでも歩いていく。
そんな夢でした。
私は昔、師匠にこんなことを聞いたことがあります。
「私は前世、どんな時代にいたのでしょうか」と。
すると師匠は、
「けっこう我慢強い人間だから、戦前戦中あたりじゃないか?」と答えました。
今回の映画を観て、
「本当にこの時代にいたかもしれない」という気持ちがとても強くなりました。
それもこの日本ではなく、
南国の島にいたのかもしれないと。
昨日は72回目の終戦の日。
今生では覚えのない記憶が呼び覚まされたのは、
もしかしたら何か理由があるのかもしれませんね。
木蘭様
返信削除アホのしまふくろうです。
木蘭さんはたぶん、前世はペリリュー島の酋長の娘ですね。
あるいは1万1000人いた日本の兵隊さんだったかもしれない。
それにしても鉄条網の下を掻いくぐりながらほふく前進していく木蘭さん
は勇ましい。たぶん日本の守備隊に倍するアメリカ軍に夜襲をかけていたんじゃないかしら。
その生まれ変わりが僧籍にある今の木蘭さん。
みごと散華した魂が、この世に生まれ変わって、
英霊の御霊と敵兵の御霊に等しく祈りを捧げているのです。
靖国の遊就館には特攻隊員や従軍看護婦たちの遺書があります。
いつの日か、ごいっしょに拝観したいものです。
しまふくろうさま、こんばんは(^-^)
返信削除あら。
いつから歩きスマホ族になってしまったのです?(笑)
じつは私はペリリュー島の酋長の娘だったのですね~
なんかそんな気がしてきました(笑)
この年になりますと、ちょっと「あれ、見た事のある景色だな」と思っても、
「テレビか何かで観たのかな」と思ってそこで終わり。
でも子供の頃は、そのような情報はほとんどないような時代でした。
ですから「この景色に覚えがある」と子供の頃に思ったことは、
やはり前世の記憶なのかもしれないと思うのです。
靖国神社本殿に向かう石畳を一人歩く時、
言葉に現すことのできない、
深い思いがあふれ出てくるのです。
それは多くの英霊方、そしてそのご家族方の心がそこに留まっているからなのかもしれません。
遊就館ー。
いつも2時間くらいはかかりますね。
遺書や遺品、そして遺影の前に立つと、
心が震えてきて足が動かなくなってしまいます。
尊い命を散らし、この国を護って下さった方々に、
感謝してもしきれないほどです。
いつかごいっしょさせて下さい。
その時は、
厚めのハンカチを持参しましょう。
私達の涙を拭くとき普通のハンカチでは、
すぐに使いものにならなくなってしまいますから。
前世の記憶ですか、自分はドイツ語が分かるわけでないのに、亀の子文字が読めたりします。
返信削除夢で見た東條閣下と武藤さんの会話を小説風にしました。
https://blogs.yahoo.co.jp/steinbach714/65102836.html
Steinさん、こんばんは。
返信削除ドイツ語が読めるなんてすごいです(◎_◎;)
歴史上の方々が夢に出てくるのもすごいです。
やはりSteinさんも、前世の記憶をおぼえているのかもしれませんね。
世の中には前世の記憶を覚えていらっしゃる人はすくなくありませんね。
その時代にいたかもしれない自分と今の自分を比べて、
前世の自分に学ぶべきことが多いのではないかと思っています。
小説♪
さっそく伺いまーす♪
行こうと思ったのですが、どうにもたどりつけません💦
削除Steinさん、ごめんなさいm(__)m