今月半ばころからホトトギスが啼きだしました。
きょっきょっきょきょきょきょ♪
その合間に鶯が、ほーほけきょっ♪
山ではコジュケイが、ちょっとこーい、ちょっとこーい♪
ほかにも山鳩、スズメ、カラス、ヒヨドリ、ツバメなどなど。
空が明るくなるころから日没まで、
それはそれは賑やかといおうかやかましいといおうか。(笑)
「東京ではカラスばかりで、スズメの声もしないわよ」と知人から聞いたことがあります。
数年前の五月、姪の結婚式に呼ばれ、
新宿の京王プラザホテルに宿泊したとき、
朝、たしかにカラスの声しか耳にしませんでした。
立ち並ぶビルの間から見える朝陽は、
私が毎日見ているものと同じはずなのですが、
なんだか違う光に感じてなりませんでした。
「鳥がいない、緑がないビルの森は、
人間しか住めない場所。
たしかに街路樹はある。
時折カラス以外の鳥もいる。
でも、
都会は自然があることが不自然な場所。
便利だけれど、
今の私には合わない場所。」
東京に生まれ育ったのに、
もう東京には住めないなぁと思いました。
前述したとおり、
毎日自然界はかまびすしいものですが、
それを五感で確かに感じとっていることが、
もう私にとって「自然」になっているのです。
お金持ちで、
好きなものをなんでも買えて、
豪邸に住んでいて、
豪勢なものを食べて、
高級な車に乗って、
ブランド品を身に着けて、
大都会に住んで。
でも私の幸せはそこには微塵もありません。
お金がなくても、
近所の農家のおばちゃんからもらった野菜を食べて、
おんぼろ自転車に乗って、
ほとんど毎日のように作業服を着て、
自然の中で過ごす。
空の色。
雲の形。
山々の移ろい。
そんな中に私のささやかな幸せがたくさんあります。
「幸せの形」は人それぞれ。
みなさんの「幸せ」はどんな形なのでしょうね。
今日は夕焼けに美しく染まるシラサギを見かけました。
心に深くしみいるような光景を
私は一生忘れることはないでしょう。
木蘭様
返信削除おはようございます。雷が怖くて目が覚めてしまった臆病者のしまふくろうです。
ゴロゴロピカピカとすさまじい雷雨でした。
さて「幸せのかたち」についてのお話ですが、とどのつまりは〝知足安分〟ということに
なるのでしょうかね。Happiness consist in contentment(幸福は満足にあり)という西諺
もあります。
しかし言うは易しで、なかなかそうはなりません。カネがほしい、きれいなネエちゃんが
ほしいと、欲望には限りがありません。不肖わたくしめも、煩悩のくびきからは到底逃れ
られず、「ああ、カネがほしいよォ」と毎日のようにつぶやいております。
豪邸に住んだり、ブランド物を身につけたり、高級外車を乗り回したり……というような
欲望にはまったく興味がありませんが、年に一度くらい銀座でドンチャン騒ぎができる
程度の蓄えがあったらなァ、と時々思うことがあります(笑)。
清貧ということばの響きは美しいと思いますが、貧乏人が開き直ったことばのようにも
思えます。ボクは今は幸せです。酒が飲めるし、悪友もいるし、口うるさい古女房もいます。ときどき悲しい別れがありますが、諸行無常と諦観しております。
「幸せのかたち」ってむつかしいですね。でも、他人の笑顔を見るとこっちまで幸せになる
から、人を思いやり、やさしい言葉をかけ、少しでも笑顔にしてやれば、自分も幸せに
なれるんじゃないかしら。
そんなわけで、いまは団地内の〝人妻たち〟にできるだけ言い寄り、
やさしい言葉をかけるようにしています(笑)。
しまふくろうさま、こんばんは。(*^-^*)
返信削除今朝はほんにすごい雷雨でした。(◎_◎;)
でもすぐわきのお堂の屋根に避雷針がついているので、
ピカピカゴロゴロしていても平気で寝ていました。(笑)
しまふくろうさまが「今のぼかぁ幸せだなぁ」と思われる。
それがしまふくろうさまの「幸せの形」なのですね。(*^-^*)
幸せにはこれといった形がないものですから、
その人が「幸せ」だと感じたら、それがその人の「幸せの形」になるのです。
まさしく人それぞれですが、
他人の迷惑をかえりみない人の「幸せの形」はいけませんね。
「ドローン少年」みたいに、人に迷惑をかけることに幸福感を持つような人間はろくなもんじゃありません。
世の中にはそんな輩が結構存在しているようです。"(-""-)"
普段の生活の中で、
何気ないことが「幸せ」に感じられることが一番ではないでしょうか。
そんな「幸せの形」を持つ人こそ、
ほんとうの幸せ者なのだと私は思います。
「人妻たち」への優しい言葉かけが幸せになれる。
しまふくろうさまの「幸せ」は、
これからもずっと続きそうですね。(笑)
どうぞたくさんの方々の笑顔で、
周りの方々と共に幸せであり続けて下さいね。(*^^*)