今日はとっても久方ぶりにお日様登場!(^^)!
そしてとても暖かく、
お掃除やお洗濯を徹底的にしたくなるようなさわやかな日でした。
でも今日は当初から「薪伐り」が予定されていたので、
お掃除は断念"(-""-)"
なんとかシーツやタオルケットなどの大物の洗濯だけは終わらせて、
しっかり干せました(^^)/
今夜はよーく寝られそうです(#^.^#)
朝、さっそくチェーンソーやらオイルやら延長コードやらを出してきて薪伐りの用意。
「チェーンソーを誰が使うのか」って?
もちろん「ワタクシ」です(^◇^)
「そそっかしいのに大丈夫なのか」ですって?
犬小屋を覗くときに、
かかんだ瞬間、そばにあったベニヤ板の角っこでおでこをしたたかにぶつけたのは~たしか昨日のこと"(-""-)"・・・かなり痛かったマダハレテルシ
今日は今日とて、
角材を移動しようとしたときに、
右足の甲にガンっとやりましたっけ・・・カナリイタカッタ
そんな「ワタクシ」でも~大きな怪我はまだ一度もありません。
機械を使うとき、
いつもおっかなびっくり、
ビクビクしながら使用しているのがよいのでしょうか(^-^;
びびりながらチェーンソーを使った一日は、一応無事に過ぎました。
左手のひらにはかわいいマメがみっつほど。
人差し指の第二関節にもマメができていましたが、
いつしかつぶれていました(^-^;
手のひらをみつめつつ、
今日も一日ご苦労様♪と声をかけると、
また明日も頑張るよ♪といっているような気がしました。(*^-^*)
2015年4月16日木曜日
2015年4月7日火曜日
後ろ姿
東京ではもう葉桜のところが多いそうですが、
こちらはちょうど見ごろ。
お天気があまりよくありませんが、
どんなお天気でも、桜は美しいものです。
昨日の日曜日も雨降りでしたが、
明日はお釈迦様の御生誕の日なので、
檀家さんたちがお堂のお掃除に来て下さいました。
掃除も終わり、
みんなで談笑していた時に、
姿勢のお話になりました。
体の歪みから体調を崩すということは皆さん、結構ご存じですが、
実際、自分の姿勢についてはなかなか治らないもの。
私が行っている整体の先生も姿勢について、
よくお話をして下さっています。
「背筋を伸ばして胸を張る。それによって肺の動きもよくなり呼吸も楽になる」
そんな話を檀家さんたちとしていた時、
あるご夫婦が、
夫「過去を背負っていると背中が丸くなる」
妻「過去のことは水に流して胸を張りましょう」
そう言いながら二人して胸を張るポーズをとっていました。
全員大爆笑。
二人ともとてもまじめで、
とくに咎められる過去などない方たちですから余計に。
後姿は自分で見ることはできません。
背中を丸めて歩いていれば、
日頃からの疲れが出ているように思われます。
背筋の伸びている人は、
それだけでも颯爽として見えます。
そういえば安岡正篤氏の言葉に、
「後ろ姿がしょんぼりしているのは、不徳であることを示しているのだ。怒り肩がいいのかと言うと、これもよろしくない。後光が差すというか、徳のある人は後ろ姿が凛々しく、元気であふれているのである」
とあります。
後光は、
頭が光っているだけで出ものではありません。(笑)
徳はなかなか積めません、
だからこそ、せめて姿勢だけでも凛々しく見えるようにしたいなと思っています。
2015年3月24日火曜日
本
昨日ツバメを見かけました。
聞き覚えのある鳴き方に、
「あれ?」と空を見上げたら、
数羽のツバメが風を切って飛んでいました。
私は「おかえり~」と軽く手を振り。
・・・動物でもなんでも、つい声をかけるくせが・・・(笑)
前回書いた整体の先生のリビング(兼待合室)には、
常に数冊の本が置いてあります。
整体について、呼吸法についてなどなど。
私も待っている間にその中から一冊の本を手にしました。
「安岡正篤 一日一言」(致知出版社)という本。
致知出版社はだいぶ前にほんの少しだけお世話になったことがあり、
「あら、懐かしい」と思ってページを開きますと・・・
《読書して疲れるようではまだ本当ではない。疲れた時読書して救われるようにならねばならぬ》
「うっ・・・💦 」
・・・近頃、少し本開くとすぐ寝ちゃうしなぁ・・・
《ー読んでみてから、いい本だなと思うようでは、そもそも話ならない。感が鈍い》
「うっ・・・💦」
・・・私はいつも感が鈍い状態だなぁ・・・
読んでいた私を見ていた人はきっと、
だんだん「姿勢」がよくなっていくのがよくわかったと思います。(笑)
まるで「あんた、このままじゃだめだろう」と叱られているような気がしたのです。
「パソコンにはいろいろな情報があるけれど、
それはただ『見出し』を見ているようなもの。
少しも自分のものにはならない。
本は読むべきだ」
というようなことを藤原正彦氏がどこかで書かれていたように記憶しています。
老眼鏡にお世話になりながら、
先師先達の方々に本の中でたくさん叱られながら、
いろいろなものが磨けるように本を読んでいきたいと思います。
聞き覚えのある鳴き方に、
「あれ?」と空を見上げたら、
数羽のツバメが風を切って飛んでいました。
私は「おかえり~」と軽く手を振り。
・・・動物でもなんでも、つい声をかけるくせが・・・(笑)
前回書いた整体の先生のリビング(兼待合室)には、
常に数冊の本が置いてあります。
整体について、呼吸法についてなどなど。
私も待っている間にその中から一冊の本を手にしました。
「安岡正篤 一日一言」(致知出版社)という本。
致知出版社はだいぶ前にほんの少しだけお世話になったことがあり、
「あら、懐かしい」と思ってページを開きますと・・・
《読書して疲れるようではまだ本当ではない。疲れた時読書して救われるようにならねばならぬ》
「うっ・・・💦 」
・・・近頃、少し本開くとすぐ寝ちゃうしなぁ・・・
《ー読んでみてから、いい本だなと思うようでは、そもそも話ならない。感が鈍い》
「うっ・・・💦」
・・・私はいつも感が鈍い状態だなぁ・・・
読んでいた私を見ていた人はきっと、
だんだん「姿勢」がよくなっていくのがよくわかったと思います。(笑)
まるで「あんた、このままじゃだめだろう」と叱られているような気がしたのです。
「パソコンにはいろいろな情報があるけれど、
それはただ『見出し』を見ているようなもの。
少しも自分のものにはならない。
本は読むべきだ」
というようなことを藤原正彦氏がどこかで書かれていたように記憶しています。
老眼鏡にお世話になりながら、
先師先達の方々に本の中でたくさん叱られながら、
いろいろなものが磨けるように本を読んでいきたいと思います。
2015年3月7日土曜日
長年のお付き合い~亜脱臼
満開の梅の花が、
冷たい風に吹かれていかにも寒そうです。
少しずつ散り始めてきましたが、
今度は桜の枝に小さくて固いつぼみが見られるようになりました。
自然界はたしかに「春」を感じて動いています。
梅の花に教えられ、
ウグイスに教えられ、
桜のつぼみに教えられ、
空や雲、そして風に教えられながら、
私達人間も「春」を感じて動けるようになるものなのです。
小学四年生のある日、
私は一人で埼玉県志木市にある伯母の家に遊びにいきました。
駅からバスに乗り、
降車したら2.3分で伯母の家に着きます。
バスを降り、道路を横断しようと走った時、
バスの陰で見えていなかった対向車とぶつかってしまいました。
左側の臀部をしたたかにぶつけ、
いきおいで転がってしまった私を
車から降りてきたおじさんは青い顔をして「大丈夫か?」と聞いてきました。
おじさんもびっくりしたことでしょう。
いきなり目の前に子供が飛び出してきたのですから。
いつも学校で「道路を渡る時は車が来ていないか確認してから渡りなさい」と教わっていたのに、
確認せず渡ってしまった自分が悪いと思ったので、
「大丈夫です」といってそのまま行こうとしました。
おじさんは「いや、病院に行こう」と言って下さいましたが、
知らないおじさんの車に乗ることも怖くて・・・。
「大丈夫です」と言いながら、
逃げるようにして伯母の家まで走っていきました。
伯母にぶつかったところを見てもらったら、
みごとな青あざが左の臀部一面に広がっていました。
でもそれが後々に引きずるようになるとは、
その時は知る由もなかったことです。
左足が少し内側になっていることに気が付いたのは大人になってから。(^-^;
一度股関節炎になり、9度以上の熱を出して病院に行ったことがあります。
その時、レントゲンを撮った時に、
左足の股関節が亜脱臼していたことが分かりました。
足も手も目までも、左側全体が弱くなっているのに気付いたのは、
つい最近のこと。(^-^;
もう治るものではないから、
一生のおつきあいだなぁと思っていました。
ある日、
「川崎にいい整体の先生がいらっゃるから言ってくるといいよ」と教えられ、連れて行ってもらうことにしました。
私の体を見て、
「左側全体の力がだいぶ弱いねぇ」といいながら施術し、
左足強化の体操を教えて下さいました。
右側とのバランスをよくするためです。
そんなに大変な体操ではなく、
毎日続けていくうちに「歩き方が全然違う」と寺院の方々から口をそろえていうようになりました。
何十年も亜脱臼したままの左足。
右側の足や腰は、
それを補うためにだいぶ頑張ってくれていたようです。
右側さんをねぎらうためにも、
左側さんの強化に励みたいと思います。(笑)
冷たい風に吹かれていかにも寒そうです。
少しずつ散り始めてきましたが、
今度は桜の枝に小さくて固いつぼみが見られるようになりました。
自然界はたしかに「春」を感じて動いています。
梅の花に教えられ、
ウグイスに教えられ、
桜のつぼみに教えられ、
空や雲、そして風に教えられながら、
私達人間も「春」を感じて動けるようになるものなのです。
小学四年生のある日、
私は一人で埼玉県志木市にある伯母の家に遊びにいきました。
駅からバスに乗り、
降車したら2.3分で伯母の家に着きます。
バスを降り、道路を横断しようと走った時、
バスの陰で見えていなかった対向車とぶつかってしまいました。
左側の臀部をしたたかにぶつけ、
いきおいで転がってしまった私を
車から降りてきたおじさんは青い顔をして「大丈夫か?」と聞いてきました。
おじさんもびっくりしたことでしょう。
いきなり目の前に子供が飛び出してきたのですから。
いつも学校で「道路を渡る時は車が来ていないか確認してから渡りなさい」と教わっていたのに、
確認せず渡ってしまった自分が悪いと思ったので、
「大丈夫です」といってそのまま行こうとしました。
おじさんは「いや、病院に行こう」と言って下さいましたが、
知らないおじさんの車に乗ることも怖くて・・・。
「大丈夫です」と言いながら、
逃げるようにして伯母の家まで走っていきました。
伯母にぶつかったところを見てもらったら、
みごとな青あざが左の臀部一面に広がっていました。
でもそれが後々に引きずるようになるとは、
その時は知る由もなかったことです。
左足が少し内側になっていることに気が付いたのは大人になってから。(^-^;
一度股関節炎になり、9度以上の熱を出して病院に行ったことがあります。
その時、レントゲンを撮った時に、
左足の股関節が亜脱臼していたことが分かりました。
足も手も目までも、左側全体が弱くなっているのに気付いたのは、
つい最近のこと。(^-^;
もう治るものではないから、
一生のおつきあいだなぁと思っていました。
ある日、
「川崎にいい整体の先生がいらっゃるから言ってくるといいよ」と教えられ、連れて行ってもらうことにしました。
私の体を見て、
「左側全体の力がだいぶ弱いねぇ」といいながら施術し、
左足強化の体操を教えて下さいました。
右側とのバランスをよくするためです。
そんなに大変な体操ではなく、
毎日続けていくうちに「歩き方が全然違う」と寺院の方々から口をそろえていうようになりました。
何十年も亜脱臼したままの左足。
右側の足や腰は、
それを補うためにだいぶ頑張ってくれていたようです。
右側さんをねぎらうためにも、
左側さんの強化に励みたいと思います。(笑)
2015年3月1日日曜日
春ひたひたと
温かくなったり、また寒が戻ったり。
その繰り返しをしてだんだんと「春」に近づいてくるのですね。
今年はなかなか「春告げ鳥」の声がせず、
まだかまだかと思っていましたが、
おとといの朝、
ようやく「・・・けっきょ・・・。けっけっ・・・けっきょ」
と、聞こえてきました。
一年近くも鳴いていなかったのですから、
上手に鳴けるまではもう少し時間がかかりそうですが、
ともあれ「春だよー」と告げてくれました。
人間も自然界の一部ですので、
やはり季節の変わり目には「体調の変化」があるようです。
ある整体の先生曰く、
季節の変わり目に体調を崩すのはごく自然のこととか。
風邪を引いたり、お腹をこわしたり。
私も十日ほど前に嘔吐・下痢・発熱の三拍子がそろい、
「春」の体になりつつあるかな。(笑)
その繰り返しをしてだんだんと「春」に近づいてくるのですね。
今年はなかなか「春告げ鳥」の声がせず、
まだかまだかと思っていましたが、
おとといの朝、
ようやく「・・・けっきょ・・・。けっけっ・・・けっきょ」
と、聞こえてきました。
一年近くも鳴いていなかったのですから、
上手に鳴けるまではもう少し時間がかかりそうですが、
ともあれ「春だよー」と告げてくれました。
人間も自然界の一部ですので、
やはり季節の変わり目には「体調の変化」があるようです。
ある整体の先生曰く、
季節の変わり目に体調を崩すのはごく自然のこととか。
風邪を引いたり、お腹をこわしたり。
私も十日ほど前に嘔吐・下痢・発熱の三拍子がそろい、
「春」の体になりつつあるかな。(笑)
このところの暖かさでどんどん梅の花がほころびました。
「子供が壊しそうで・・・。ここで飾っていいですか」
と、ある檀家さんが持ちこまれたひな人形。
寺院の子供達はみな「おのこ」ばかりなので、
初のひな飾りとなりました。(笑)
私の家も、女三人いたにもかかわらずおひな様はなかったので、
こうして飾られたおひな様を見るのはとっても嬉しいことでした。(*^-^*)
あちらこちらに「春」が来ています。(^^)/
2015年2月7日土曜日
痛みは大切なもの
今は雨がしとしとと降っています。
今冬は雨が多く、
近所の植木屋さんたちも「へんな冬だなぁ」と口をそろえて言います。
昨年は温暖な千葉でも結構な雪が数度降りましたが、
今年はまだ「白いもの」は落ちてきません。
大雪になると困っているのに、
ちっとも降らないと「たまには雪が見たい」なんて・・・。
人間はなんてわがままなのだろうと、
自分自身の心をみつめつつ思っています。
増築している途中の廊下ですが、
昨日「薪ストーブ」が設置されました。
今冬は雨が多く、
近所の植木屋さんたちも「へんな冬だなぁ」と口をそろえて言います。
昨年は温暖な千葉でも結構な雪が数度降りましたが、
今年はまだ「白いもの」は落ちてきません。
大雪になると困っているのに、
ちっとも降らないと「たまには雪が見たい」なんて・・・。
人間はなんてわがままなのだろうと、
自分自身の心をみつめつつ思っています。
増築している途中の廊下ですが、
昨日「薪ストーブ」が設置されました。
柔らかく温かな火。
当然といえば当然なのですが、
天板はうんと熱いです。
「囲いを作らないとね」という話にはなっていますが。
私の小さい頃は「石油ストーブ」が主流でしたので、
「やけどをする」という認識は知らないうちに培われたものでした。
しかし今は周りをさわっても熱くない暖房器具がたくさんありますので、
「やけどをする」という意識が低くなっているような気がします。
小さい頃、
箪笥の角におでこをしたたかにぶつけ、
私のおでこには未だにその傷が残っています。
石油ストーブでは、
何度やけどをしたかわかりません。
靴下を焦がしたこともあります。(笑)
自分が痛い目に遭って、
のちにその経験が「自分を守る」ものとなるのです。
しかし今、
周りが守りすぎてしまうがゆえからか、その危険性を意識できず、
かえって大ごとになっているような気がします。
「俺たちが子供のころは、みんな切り出しナイフを持っていた。
木枝を削って遊んだり鉛筆を削ったり。自分の手や指を切って、
その痛みでナイフが危ないことを知ったんだ」と、
師匠が話していたことがあります。
自分の痛みがわからないから、
人の痛みがわからない時代なのですね。
肉体的な痛みも、
そして心の痛みも、
大切に自分の中に持ち続けていたいものです。
2015年1月18日日曜日
バラエティ番組とお坊さん
すべてが一掃されたような清々しい元日を迎えたと思ったら、
もうすでに一月も半ばが過ぎてしまいました。
ご挨拶が遅くなりましたが、
本年もよろしくお願い申し上げます。
「警察と坊さんはヒマなほうがいい」と常々思っている私ですが、
先月から多忙を極めております。
工事のこともありますが、
たて続けに訃報が飛び込んで。(>_<)
本日はその中のお一人の七七日忌(四十九日)で、
納骨をしました。
昨日、一昨日とひどかった大風も、
今日は少しおさまり、
滞りなく法要が終わってほっとしています。
なによりもご家族の皆さんが悲しみの中にも喜びのお顔が見られたことが一番だったかな。
一段落した今、思い起こしてみると、
ちょっと変わった「お話」もやってきていました。
12月の下旬、
S新聞の担当者さんからきた一通のメールの題名には、
「テレビの出演依頼について」とありました。
げげっ(◎_◎;)それ無理っ、と思いながらメールを読んでみますと、
「ぶっ○ゃ○寺」という番組の担当の方から出演依頼が来ているので、
真夜中に放映されていますが一度観てご検討下さいと。
年末年始の準備でどこのお寺さんでも多忙を極めているはず。
出演を快諾するお坊さんがいるのかしら、といぶかしく思いながら、
後日「お断り」の電話をしました。
若い女性でしたが、
やはり出演してくれる尼僧さんが少なくて困っている様子。
「誰かご存じの尼僧さんはいませんか」と聞かれましたので、
他に尼僧さんは存じ上げませんが、
年末年始を控えた今は特に時期が悪いと思いますよとお答えしましたら、
「やっぱり・・・」と。(^-^;(笑)
それでも先週ゴールデンタイムにオンエアされた番組を少し観ましたら、
なんとか尼僧さんはそろっていたようだったので、
お断りした「罪悪感」はぬぐうことができました。(^▽^;)ヨカッタ
しかし、お坊さんが何人もまとまってバラエティ番組に出演するなんて、
なんとも不思議な世の中になったものです。
お寺の裏話よりも、
まともな法話を聴きに来てほしいんですけど~( ̄▽ ̄;)(笑)
もうすでに一月も半ばが過ぎてしまいました。
ご挨拶が遅くなりましたが、
本年もよろしくお願い申し上げます。
「警察と坊さんはヒマなほうがいい」と常々思っている私ですが、
先月から多忙を極めております。
工事のこともありますが、
たて続けに訃報が飛び込んで。(>_<)
本日はその中のお一人の七七日忌(四十九日)で、
納骨をしました。
昨日、一昨日とひどかった大風も、
今日は少しおさまり、
滞りなく法要が終わってほっとしています。
なによりもご家族の皆さんが悲しみの中にも喜びのお顔が見られたことが一番だったかな。
一段落した今、思い起こしてみると、
ちょっと変わった「お話」もやってきていました。
12月の下旬、
S新聞の担当者さんからきた一通のメールの題名には、
「テレビの出演依頼について」とありました。
げげっ(◎_◎;)それ無理っ、と思いながらメールを読んでみますと、
「ぶっ○ゃ○寺」という番組の担当の方から出演依頼が来ているので、
真夜中に放映されていますが一度観てご検討下さいと。
年末年始の準備でどこのお寺さんでも多忙を極めているはず。
出演を快諾するお坊さんがいるのかしら、といぶかしく思いながら、
後日「お断り」の電話をしました。
若い女性でしたが、
やはり出演してくれる尼僧さんが少なくて困っている様子。
「誰かご存じの尼僧さんはいませんか」と聞かれましたので、
他に尼僧さんは存じ上げませんが、
年末年始を控えた今は特に時期が悪いと思いますよとお答えしましたら、
「やっぱり・・・」と。(^-^;(笑)
それでも先週ゴールデンタイムにオンエアされた番組を少し観ましたら、
なんとか尼僧さんはそろっていたようだったので、
お断りした「罪悪感」はぬぐうことができました。(^▽^;)ヨカッタ
しかし、お坊さんが何人もまとまってバラエティ番組に出演するなんて、
なんとも不思議な世の中になったものです。
お寺の裏話よりも、
まともな法話を聴きに来てほしいんですけど~( ̄▽ ̄;)(笑)
登録:
投稿 (Atom)